LIKE A SHOOTING STAR                    

          ミツオ留学後の世界を描いた、連載ストーリーです。

 

7、記憶の果て

  

 1、

 

  コピー「ミツ夫くん。」

  1号は、フラフラとした足取りで家に帰ってきた。その瞳は、輝きが失われている。

  1号はコピーを見つけると、彼の肩をつかんだ。

  1号「コピー・・・。パー子は、どうなったんだよ? 何があったんだよ・・・。」

  それを聞いて、彼はうつむいた。ソフィとロンは顔を見合わせる。

  コピー「・・・。」

  コピーは、そんな2人の方を向いた。ロンは何もわからずポカンとしていたが、ソフィが彼の腕を取った。

  彼は手の仕草で「何?」とソフィに伝えたようだったが、ソフィは首を横に振った。

  そして黙って、部屋の外に出る。ブービーも続いた。

  3人が出て行くのを見届けると、コピーは再び、顔を元に戻した。

  コピー「パー子がスミレちゃんだということは、ぼくたち以外知らないことだ。もしものことがあった時のためにも、みんな

       には、この話を聞いて欲しくないよね。」

  1号はうなずいた。

  コピーは、知っているんだ・・・。

  コピー「まず・・・。パー子さんはパーマンを辞めた。だから、パーマンであった時の記憶が無い。それは、もう、わかって

       いるでしょ?」

  1号「・・・うん。」

  コピー「ここからは、ぼくの想像だ。本人に聞いた訳じゃないから、必ずしも正しいとは限らないけど・・・。」

  そう言うと、コピーは机の引き出しを開けた。そして、奥の方に手を入れ、何かを探す。

  コピー「これだ。」

  すると彼は、その中から新聞のスクラップ集を取り出した。そして、最後の方のページをめくる。

  コピー「たぶん・・・。こういう時が来るだろうと思って。」

  コピーは、ある記事のスクラップを1号に見せた。1号は、驚いた・・・―

  1号「これは・・・?」

  コピー「やっぱりさ・・・。いくら丈夫なスミレちゃんにも、限界というものがあるんだよね。」

 

  『星野スミレ、入院。原因は極度の疲労。』

 

  コピー「すぐに退院したけど、ファンにとってもスミレちゃん自身にとっても、ショックが大きかったと思う。」

  その記事は、ごく最近のものだった。

  だが、スミレはよく頑張ってきた。

  彼女は、学生、アイドル、パーマンと一人三役をこなすスーパーガール。朝早くから夜中まで、スケジュールはビッシリ。

  おまけに高校生ともなれば、勉強が忙しく、小学校とは比べものにならないほどだ。

  芸能界でも、昔とは違い、活動範囲が広くなる。そんな生活を、スミレは続けてきたのだ。

  コピー「あとね、これも・・・。」

  コピーは、2ページほど、スクラップ集をめくる。

  1号「この子は?」

  その記事には、ミツオの知らない女の子がスミレと手をつないで笑ってる写真が載せてあった。

  もう一人の子は、外人だろう。目と髪の色がスミレと違うのは、白黒の新聞紙からでもよくわかる。

  コピー「アリサって、知ってる?」

  1号「アリサ? そういえば、カバオがそんな名前を口にしてたっけ・・・。」

  コピーは、スミレの隣に映っている女の子を指さした。

  コピー「アリサ・ブロード。今、人気爆発中のアメリカのアイドルだよ。」

  よく見ると、その写真の下に小さく「アリサ・ブロードと星野スミレ」と書かれている。

  コピー「今度の映画で、二人は共演することになったんだ。」

  

  『大スクープ あのアリサ・ブロードが、星野スミレと映画で共演!』

  

  1号「アリサって子、そんなに人気なの?」

  コピー「人気ってもんじゃないね。あれほどの大物アイドルは、なかなかいないよ。アメリカだけじゃなく、日本をはじめ、

       世界のあちこちに、名前が広まっているんだから。アリサが出したCDは、予約しても手に入るかどうか難しいん

        だ。彼女はミツ夫くんが留学した後に出てきたアイドルだから、キミが知らないのは当然だと思うけど。」

  1号「ふーん・・・。」

  つまり、スミレちゃんより人気が高いんだ・・・。

 

  ― アリサに負けないように、オレらでスミレちゃん親衛隊をつくったんだよ。

  

  1号「そうだったのか・・・。」

  コピー「そんな売れっ子アイドルと、スミレちゃんが共演。まるで夢のような話だろう。その映画が公開すれば、またたく

       まにスミレちゃんの名は世界中に広まるんだ。でも・・・。」

  コピーは、もう一度、最初の記事に目を戻した。『星野スミレ、入院―』

  コピー「その話が来たときには、まだ退院して間もなかったんだ。いや、もしかしたら入院する前から、決まっていたこと

       かもしれない。正直、スミレちゃんには不安だったと思うんだ・・・。」

  

  ― また、倒れたりしたらどうしよう。

  ― 何年もかけて作り上げる大作映画・・・、自分は役を演じきることができるのか。

  ― もう少し、生活に余裕があれば・・・。

  

  コピー「夢をあきらめるわけには、いかない。でも、パーマンを辞めてしまったら・・・。」

  1号「ぼくは・・・。」

  スミレは迷った。迷いに迷って・・・。やっと決心したんだ。

 

  ― ミツ夫さんなら、許してくれる。夢を叶えろって、言ってくれたもの・・・。

 

  コピー「ミツ夫くん、スミレちゃんを怒ってる?」

  すると、彼は静かに首を振った。

  1号「・・・そんなことないよ。スミレちゃんの夢が叶うのなら、ぼくのことなんて・・・。」

  しかし、その表情は哀しみで満ちていた。

  コピーにはわかる。

  彼は、確かにスミレの望みを叶えたいと思っている。だが、本当は・・・―

  コピー「ミツ夫くん・・・、大丈夫だよ。キミは、今でもスミレちゃんのそばにいる。たとえ記憶を失ったとしても、彼女は心

       のどこかで、キミのことを覚えているよ。」

  1号「・・・。」

  4年間も待っていた。ずっと、ずっと待っていた・・・―

  

  ― 哀しいだって? まさか。嬉しいんだよ。スミレちゃんの名が世界に広まるんだから・・・―

  

  そうだ・・・、そうなんだよ。喜ぼうよ。スミレちゃんを応援しようよ。

  世界のスミレに、なれるように・・・。

  コピー「ミツ夫くん。」

  コピーは、彼の体を優しく包んだ。部屋のカーテンが、風で揺れている―

 

  

 

  ルーシャ「どういうことよ、それ・・・。どうして、パー子さんはいなくなったの? まさか、正体がばれて・・・。」

  4号「それはないと、思うんやけどなぁ。わてだって、予告も無しに、突然バードマンはんに・・・。」

  空の上に二人。ルーシャとパーヤンだ。

  ルーシャは、彼の思いがけない応えに驚いている。

  4号「理由はわからへん。パー子はんの正体もな。ホンマ、あの時はわてもショックやった・・・。」

 

  ― 突然だが、パーマン3号はパーマンを辞めた。

 

  4号「それから、わてら二人だけが残りましてな。バードマンはんは、仲間を増やす気はないんでっかね。」

  ルーシャ「いや、そんなことはいいのよ。問題は・・・。」

  ミツオくん・・・。

  ルーシャ「彼、パー子さんに会えることを楽しみにしていたはずよ。なのに、こんなのって残酷だわ・・・。」

  何を考えているのよ、パー子さんったら!

  4号「まぁまぁ。でも、パー子はんのことや。何か、理由があるんやろ。彼女やって、ミツ夫くんの事を本気で好きやったんや・・・。」

  パーヤンは、思い出す。1号、2号、3号、4号。全員そろって、空をパトロールしていた日々のことを。

  

  ― ミッちゃんがね、ぼくにホットケーキを焼いてくれたんだ。

  ― あら、それはパーマン1号にでしょ。ミツ夫くんに、ホットケーキをあげる物好きな人なんていないわよ。

  ― 何だよ、パー子。お前こそ、焼いてもあげる人がいないくせに。

  ― まぁ、失礼ね!

  ― ケンカはよしぃな。みっともない。

  ― ウィ〜。

 

  ルーシャ「本気で好きな男の子の記憶を、忘れることができる? それは、ミツオくんことを軽い気持ちで想っている

         証拠じゃないの?」

  すると、パーヤンの目の色が突然変わった。

  4号「何で、わかるん?」

  え・・・?

  さっきのパーヤンとは違う・・・。厳しく鋭い視線が、ルーシャを刺した。

  4号「何で、パー子はんの気持ちが軽いもんやって、わかるんや?」

  ・・・・ルーシャは黙り込む。

  彼は本気だ。

  4号「二人のことは、よぉわかっているつもりや。そんなことは、絶対あらへん。パー子はんが、どれだけミツオはんを

     想っているか、せめてあんさんよりは理解しとる!」

  しばらく沈黙が流れた。

  彼女はグッとこぶしを握り、何とか声を絞り出した。

  ルーシャ「ごめんなさい・・・。」

  彼女は目を閉じる。確かに、自分が言い切れることではない。

  ― パー子さんに会ったこともないあたしに、何がわかるっていうの・・・? 

  4号「まぁ・・・、わても熱ぅなり過ぎたわ・・・。せやけど、パー子はんは考え無しにパーマンを辞めたわけやない。

     わては、そう思っとる。だから、ルーシャはんも・・・。」

  ルーシャ「・・・わかったわ。パー子さんに、悪いこといっちゃったわね・・・。」

    ルーシャは顔を伏せた。

 

 

2、

 

  1号「コピー・・・。」

  彼は、コピーから放れた。そして、立ち上がり、窓の外を見る。

  1号「どうして、パーマンを辞めたら記憶を失わなければならないの? 何で?」

  コピー「それは・・・。パーマンの秘密を守るため。」

  1号「スミレちゃんが、ベラベラと秘密をしゃべると思う? 彼女は、そんな子じゃないよ。」

  すると、コピーは力強くうなずいた。

  コピー「そうだとも。」

  1号「じゃぁ、記憶を消す必要はないんじゃないかな? パーマンを辞めたとしても、記憶だけ残すことができるんじゃないかな。」

  彼の瞳は、輝きを取り戻していた。言葉に、思いが込められている。

  コピー「そうかもしれないけど・・・。バードマンが、許すかどうか。」

  1号「ぼく、バードマンに直接会って話してみるよ。もしかしたら、パー子がぼくのことを思い出してくれるかも・・・。」

  ・・・ミツ夫くん。

  彼はあきらめていない。大切な人を、そんなに簡単に忘れられない。

  彼はポケットから、ロケットを取りだした。彼女の写真が入った、あのロケットだ。

  それをギュッと握りしめて、立ち上がる。

  1号「行ってくる!」

  そういうと、1号はバッチのスイッチを入れた。そして、窓の外へ飛びだす。

  コピーは、そんな彼の様子を温かい目で見ていた。

  コピー「やっぱり、ミツ夫くんだ・・・。」

 

  

  バードM「いかんな。」

  彼は、あっさりと答えた。雲の上の、晴れ渡った空で。

  1号は、手を合わせる。

  1号「お願いだよ、バードマン!ぼく、パー子が好きなんだ!そしてパー子もぼくを・・・。だから!」

  バードM「駄目なものは、駄目だ。キミの気持ちはよくわかるが、パーマンの秘密を守るためだ。」

  1号「パー子は、秘密を漏らすようなことは絶対にしない!バードマンは、わからないの!?」

  彼は怒鳴った。その怒鳴り声は、近くで話し合っていた、ルーシャとパーヤンの耳に届いた。

  二人は、ミツオに気づかれないよう、そばまで来て様子を伺った。

  1号「パー子は、パーマンの思い出を大切にしていた。今だって、心のどこかで、ぼくのことを覚えているはずなんだ!」

  バードM「1号、もうやめなさい。どうにもならないことなんて、この世にはいくらでもある。彼女は、自分の意志で決めた

        んだ。キミが、どうこう言う筋合いはない。」

  1号「でも・・・!」

  

  4号「彼も知ってしまったんやな。ルーシャはん、わかるやろ?」

  雲の影に隠れているパーヤンは、小さな声を出した。

  4号「1号はんの想い・・・。」

  ルーシャ「えぇ。」

 

  バードM「君と折角久しぶりに会って、こんなことを言い合うはめになるとは残念だよ。

  お前も、4年間、バードマンについて勉強したはずだ。こうすることが、あたしの義務なんだよ。」

  1号「何が義務だよ!もういい。ぼくが、何とかしてみせる!」

  そう言い捨てると、1号はスミレの家へ向かって飛んでいった。

  バードマンは、そんな1号の姿を、視界から外れるまで目で追っていた。

  パーヤンとルーシャも、そこから離れ、ミツオの家に向かった。

 

 

  ミツオは、部屋を覗いた。もう、そこにはスミレはいなかった。

  仕事で出かけてしまったのだろうか。

  ミツオは窓を開けて、部屋に入る。鍵がかかっていなかったのだ。

  1号「これは・・・。」

  机の上には、スミレのスケジュール帳が置いてあった。忘れていったのだろうか。

  ミツオはそれを開くと、スミレの今日のスケジュールを確認した。

  1号「スミレちゃんは今、映画の会議に出席しているみたいだ。もうすぐ、終わるかな。」

  ふと横を見ると、机の奥の方にキラッと光るものを発見した。

  それを手に取ってみると、自分とお揃いのあのロケットだった。中を開くと、確かにミツオの写真が入っていた。

  ミツオはロケットを自分のものと一緒にポケットに入れる。

  彼は時計を確認すると、手帳を持って会議場に向かった。ここからすぐ近くにある、芸能事務所だった。

 

  スミレ「お疲れ様でした。」

  調度、今、終わったところらしい。ミツオは事務所の玄関の前まで来ると、辺りを見回した。

  すると、中からスミレが姿を現した。

  1号「スミレちゃん。」

  彼は、スミレのもとへ駆け寄った。

  スミレ「あら、パーマン。今度は、どうしたの?」

  その返事を聞くと、心のどこかが痛む。ミツオは、スケジュール帳を渡した。

  1号「これ、忘れていったでしょう。困ると思って・・・。」

  スミレ「わざわざ届けに来てくれたの。ありがとう。」

  彼女は、笑顔でそれを受け取った。

  1号「このあとは・・・?」

  スミレ「宣伝ポスターの撮影のために、海まで行くのよ。30分後に出発しなくちゃ。」

  

  「スミレ?」

 

  すると、事務所の中から彼女の名前を呼んだ、女の子が現れた。

  スミレ「あら、アリサさん。お疲れ様。」

  1号「この子!」

  そう、この女の子こそ、アリサ・ブロードだった。

  金髪の髪と青い瞳。同い年くらいに見えるが、背は、スミレよりも高く、スラッとした体型は、大勢の人の目を引きつけて

  しまうほど魅力的だ。

  1号は、しばらくの間、目を丸くしてアリサを見つめていた。

  アリサ「スミレ、スタッフの人が差し入れのお菓子を持ってきてくれたの。一緒に、いかが?」

  彼女の日本語は完璧なものではなかったが、その気品のある声は耳に響く。

  スミレ「素敵ね。あ、パーマンもどう?」

  1号「あっ。いや・・・。」

  正気に戻ったミツオは、スミレの手を取った。

  1号「スミレちゃん。大切な話があるんだ。ぼくと一緒に来てくれないかな。」

  スミレは一瞬迷ったが、アリサがウインクしたのを見て、うなずいた。

  スミレ「いいわよ。予定があるから、少しだけね。」

  1号「あの、でも・・・。さすがに、ここじゃ。」

  するとスミレは、芸能事務所の中へ1号を案内した。そして、ある部屋の前で立ち止まり、ドアを開けた。

  中央に机と椅子が置かれただけの、極めてシンプルな部屋だった。

  スミレ「この部屋は、あたしたちが休憩をするために使われているの。今は誰も来ないから。」

  1号「うん。ありがとう。」

  彼はスミレに勧められた椅子に腰を掛けると、ゆっくりと口を開いた。

 

 

  スミレ「何度も言ったとおり、あたしはパー子さんじゃないわ。」

  スミレの答えは呆気ないものだった。

  だが1号は、あきらめない。

  1号「だから、キミはパーマン3号だったんだ。記憶を失っているだけなんだよ!」

  スミレ「まさか。そんなの、信じられないわ。あたし、あんなに勇ましく格好良くない・・・。」

  その言葉は、パー子への憧れが感じられる・・・。

  1号「マスクを被ると、性格が変わるみたいなんだよ。だから・・・。」

  スミレ「でも、証拠がないわ。」

  1号「証拠?そんなもの・・・、ここには。」

  あてもなく、1号は辺りを見回す。

  スミレは一つため息をつき、壁にかかっている時計を見上げた。

  スミレ「そろそろ、時間だわ。もう、行かなくちゃならない。他に言いたいことは?」

  1号「・・・・。」

  彼は考える。何か、切っ掛けがあればいい・・・。何か・・・―

  1号「その・・・。」

  スミレ「ごめんなさい、パーマン。忙しいの。今日は、帰って。」

  スミレはそう言うと、部屋を出て行った。

  一人残されたミツオは、もう何も言えなくなった・・・―

 

 3、

 

  ミツオは家に帰った。

  ベランダでパー着を外すと、パーマンセットをポケットに押し込む。

  部屋にはコピーと、ブービー、ロン、ソフィの姿があった。窓が開く音に気が付き、4人は顔を上げる。

  コピー「ミツ夫くん・・・。」

  彼は何も応えなかった。

 

  そのころ、スミレとアリサを載せた大型の車は、海へ向かっていた。

  スミレは首を曲げて窓の外を見ていたが、やがて波の音と海の臭いを感じた。

  スミレ「アリサさん、見て。日本の海は始めて?」

  アリサ「そうだったわ。」

  この映画は、偶然出会った異国同士の二人の女の子の活躍を描いたストーリーだ。

  アメリカに住んでいた少女、エレンはある日突然、事故で両親を亡くすことになる。

  身寄りを無くした彼女だが、日本に親戚がいることを知った。

  そこで財産を抱えて日本に飛行機で向かうことになった。

  日本についたのはいいものの、途中で親戚の家までの地図を無くしてしまったため、空港からどこへ行けばいいのか

  わからない。言葉も通じない。

  絶望に暮れながら、何のあてもなく見知らぬ国の中を歩いていくエレン。そこで出会ったのが、日本の少女、香織だっ

  たのだ。エレンと香織。言葉が通じない二人の周りに巻き起こる騒動を描く。

  

 

   二人を乗せた車は、海岸近くの小さな駐車場に到着した。

  今日は駐車場を含め、ここ辺りの海を借り切っているので、他人は海辺に入ることができない。

  が、アイドルがやって来るという噂を聞き、駆けつけた人々が遠くに集まっていた。

  スミレとアリサは車のドアを開けて、外に出る。

  そして、マネージャーの案内のもと、二人は海岸まで階段を使って降りていった。

  階段から遠く離れた所にいる人々が、こちらを見ている。

  マネージャーは「すぐ撮影に入るけど、それまでは散歩でもしていていいわよ。ただ、人混みの中には行かないでね。」

  と、二人に言うと、準備をしているスタッフ達の所へ走っていった。

  アリサ「綺麗な海ね。泳いだら、気持ち良いんでしょうね〜。」

  スミレ「えぇ、そうね。」

  二人は足を水に浸した。とても、冷たい。

  ザーッと、海の水が押し寄せてくる。

  アリサは水面から足を抜くと、後ろを振り向いた。そして、辺りを見回す。

  アリサ「ねぇ、スミレ。海岸に沿って遠くの方まで行ってみない?」

  彼女の言葉に、スミレも振り向いた。海岸線は、ずっと遠くまで続いているようだ。

  スミレ「駄目よ。もうすぐ撮影が始まるわ。」

  アリサ「大丈夫よ。すぐ戻るから。ね?」

  アリサはスミレの手を取ると、彼女の瞳を見つめて笑いかける。スミレは、一つため息をついた。

  スミレ「世界のアイドル、アリサ・ブロードさんは好奇心旺盛なのね。わかったわ。」

  彼女も、いたずらっぽく笑顔を返した。

  アリサはスミレの手を引きながら、海岸線に沿ってスキップで進んでいく。

  スミレは何度も後ろを振り返り、スタッフの様子を確認したが、撮影までもう少し時間がかかりそうだった。

  遠くへ行くにつれ、辺りは寂しくなってくる。

  海岸の上は、駐車場になっていた。崖はそこまで高くはないが、ところどころに階段がついている。

  しばらく進んでいくと家は、だんだんと少なくなってきた。

  スミレ「ねぇ、アリサさん。そろそろ、戻った方がいいわ。遠くまで来すぎたんじゃないかしら。」

  アリサ「そう・・・かしらね。」

  アリサは足を止め、後ろを振り返った。スタッフの姿は、もう見えない。

  アリサ「ホント。怒られる前に、帰りましょうか。」

  彼女はもう一度、振り返る。スミレは戻ろうと、来た道を歩き始めた。

  しかし、アリサの声で足を止めた。

  アリサ「ねぇ、見て。スミレ。向こうの方に、洞窟みたいなものがあるわ。」

  スミレ「洞窟?」

  スミレはアリサの所まで走ってくると、遠くを見つめた。

  スミレ「どこに?」

  アリサ「あそこよ。ちょっと、行ってみましょうよ。」

  すると、返事を待たずにアリサは走っていってしまった。スミレは仕方がなく、後を追う。

  アリサは、少し行ったところで立ち止まると、体の向きを横に変えた。

  そして、ゆっくりと崖に向かって歩いて行く。

  スミレもやっと追いつき、その洞窟を目にした。崖に、ポッカリと大きな穴が空いている。

  中は真っ暗で、何も見えない。その洞窟の前には「立ち入り禁止」と手書きで書かれた看板のようなものが、置かれて

  いた。

  アリサ「入りましょうか?」

  スミレ「冗談でしょ。ここに、立ち入り禁止って、書いてあるわ。危険な洞窟なのよ。」

  アリサ「たいしたことないわよ。ね、面白そうだもの。」

  スミレは、やや呆れた顔でアリサを見る。

  その好奇心に輝いた顔は、テレビで見る美少女スターのアリサ・ブロードとは別人に見えた。

  スミレ「でも・・・。」

  アリサ「じゃぁ、スミレはそこで待ってて。」

  すると、アリサは何の躊躇いも無く、洞窟に入っていった。スミレは驚いて、手を口に当てた。

  あっという間に、アリサの姿は闇の中に呑み込まれていった。

  慌てて、スミレは叫ぶ。

  スミレ「アリサさーん! 大丈夫っ?」

  しばらくすると、中から響くように声が返ってきた。

  アリサ「大丈夫よ・・・・、わっ・・・。」

  

  キャーッ!

  

  スミレ「・・・え!」

  スミレは洞窟に足を踏み入れた。

  スミレ「アリサさん! アリサさん、どこにいるの? 何かあったの!」

  恐る恐る足を進ませていくが、洞窟の中は暗くて何も見えないのだ。

  スミレは必死にアリサの名前を呼ぶが、返事が聞こえない。彼女は、恐怖と不安に襲われた。

  スミレ「アリサさ・・・キャッ!」

  突然、彼女はバランスをくずした。足を滑らせ、わけのわからないまま、暗闇の中を体をすりながら下に落ちていった。

  

  1号「スミレちゃんが行方不明!?」

  部屋のテレビでニュースを聞いた1号は、慌てて立ち上がった。

  映画のポスターを撮影に海へ出かけた、スミレとアリサの行方がわからなくなったのだ。

  1号はニュースで場所を知ると、一目散にベランダから外に飛び出した。

  

  ・・・スミレ。

  スミレ。

  アリサ「スミレ。大丈夫?」

  スミレは目を開けた。真っ暗だ。だが、隣にアリサがいるのはわかった。

  彼女は体を起こす。あちこち擦り剥いたのか、鋭い痛みを感じた。

  スミレ「アリサさん・・・? ここはどこ?」

  アリサ「洞窟の中・・・。わたしたち、穴に落ちたみたいなの。暗くて、確かかはわからないけど。」

  スミレは上を見上げた。だが、何もわかりやしない。

  だが、落ちたことはハッキリと覚えていた。彼女は立ち上がる。

  スミレ「この穴、どのくらい深いのかしら。でも、よじのぼれないことは間違いないわ・・・。」

  スミレは手探りをしながら、穴の広さを確かめていた。それほど広くはない。

  数人ほど入るのが、やっとのくらいだ。

  スミレ「アリサ、あなたは大丈夫? 怪我してない?」

  アリサ「・・・それが、足を捻挫しちゃったみたい・・・。立てないわ。」

  スミレは困り果てた。

  

 ― どうする? どうやって、ここから出る?

 ― こんなに暗いじゃ、誰にも見つけてもらえないかもしれないわ・・・。

 ― もともと、立ち入り禁止の場所だもの。

 

 スミレ「この穴のことだったのね・・・。」

 彼女は、スカートのポケットから手を出した。

 えっ?

 いつの間に、手をポケットの中に入れていたのだろう。

 しかし、今はそんなことを気にしている場合じゃなかった。

 アリサ「スミレ、どうしよう。わたしのせいよ。わたしのせいで、あなたまで・・・。」

 彼女の声は、今にも泣き出しそうなか細い声だった。

 スミレは手探りをして、アリサの体を優しく包み込んだ。

 スミレ「大丈夫よ。・・・大丈夫。」

 彼女はアリサから離れると、上に向かって軽く飛び上がった。しかし、足は地面に着地した。

 スミレ「あ、あら・・・。あたしったら、何を・・・。」

 その時、急に頭が割れるような痛さに襲われた。

 スミレ「・・・っ!」

 

 ― パー子、大丈夫か。今、助けるぞ。

 ― 1号・・・、ミツ夫さん。

 

 スミレ「・・・!?」

 しかし、それは一瞬だった。スミレは呼吸を落ち着かせると、その場に座り込んだ。

 その時。 

 

 スミレちゃーん! スミレちゃん、どこだー!

 

 どこからか、声が聞こえてきた。聞いたことのある声だ。スミレは耳をすます。

 

 スミレちゃーん!

 

 その声は、だんだんと大きくなっていく。スミレは立ち上がり、精一杯、上に向かって叫んだ。

 スミレ「ここよ! あたしはここにいるわー、助けて!」

 1号「スミレちゃん!?」

 ミツオは海岸に降りる。そして、洞窟を発見した。ここから、確かにスミレの声が聞こえたのだ。

 1号「ここにいるんだね。待ってろよ。」

 1号は洞窟の中に入っていった。だが、暗くて何も見えない。

 1号「スミレちゃーん・・・、うわぁっ!」

 すると、突然バランスを崩し、1号は穴の中に落ちていった。

 スミレ「キャッ!」

 彼はスミレの上に落ちた。

 1号「ったたぁ・・・。スミレちゃん?」

 スミレは、嬉ながらも呆れたような声を出す。

 スミレ「・・・ここにいるわ。今、あなたが下敷きにした女の子がそうよ。」

 1号「えっ。ハハハ・・・やっぱり。ゴメンね。大丈夫だった?」

 スミレは声を殺して笑った。1号はさっとその上からどく。さっきまでの不安と恐怖が、いつの間にか消えていた。

 スミレ「えぇ、平気よ。」

 1号「よかった。でも、ビックリしたなぁ。洞窟の中に、こんなに深い穴があるなんて。」

 そして、スミレの他にもう一人、人がいることに気が付いた。

 1号「キミ、アリサさん?」

 アリサ「えぇ・・・、そうよ。この声、聞いたことあるけど、あの時の男の子?変なマスクとマントをつけた。」

 1号「ヘコッ!・・・変なは余計ですよ〜。」

 アリサ「知ってるわ、冗談よ。格好から見て、スーパーヒーローのパーマンさんでしょう。」

 顔は見えないが、アリサは笑っているようだ。1号は安心した。

 1号「さ。とりあえず、ここを脱出しましょうか。皆、心配していますよ。」

 すると、1号は少し戸惑った。それを察したように、スミレは彼に言った。

 スミレ「アリサさん、足を捻挫しているみたいなの。あたしは後でいいから、まずはアリサさんを。」

 1号「わかってるよ。」

 1号はアリサの体を抱き上げると、洞窟の外へ飛び出した。

 穴の中には、スミレ一人しかいなくなる。スミレは、急に心細くなった。

 1号「さぁ、次はスミレちゃん。」

 彼がアリサを無事に洞窟の外に助け出し、穴の中に戻ってきた。スミレは、安心する。

 そして、1号の腕の中に顔をうずめた。

 1号「スミレちゃん・・・。」

 1号は、彼女の体を優しく抱き上げると、穴の外に再び飛び出た。

 洞窟を出ると、眩しい光がスミレを照らした。

 彼女は目を閉じる。体に風が当たり、心地よい。スミレはそっと、瞳を開けた。

 スミレ「・・・・。」

 真下には、透き通るような青々とした海。そして、遠くの方に見える近代的な高層ビル。

 白い綿菓子のような雲が、すぐ近くにあった。手を出せば、届きそうだ。

 この空の上。スミレは、どこか懐かしい感じがした。

 

 ― 今日の事件も大変だったわね。

 ― もう、ヘトヘトだよぉ〜。

 ― ウィー。

 

 スミレ「・・・。」

 彼女は、遠くを見るような目をしていた。何かを思い出す。何か・・・―

 

 『だから、キミはパーマン3号だったんだ。記憶を失っているだけなんだよ!』

 

 スミレ「ねぇ、パーマン・・・。あたしって、パー子さんだったの・・・?」

 1号「・・・。」

 1号はスミレを抱いたまま、顔を伏せた。肩が小刻みに震えている。

 1号「そうだよ。パー子・・・なんだよ・・・。」

 スミレ「・・・・。」

 

 ・・・っ!!

 

 スミレはまた激しい頭痛を感じた。

 

 ― あたしたちは、パーマンなのよ。

 ― ミツ夫くんったら、何やってるのかしら。

 ― あたしだって、パーマン辞めてアメリカに行っちゃうんだから!

 

 何、何なの。やめて・・・!

 

 ― ねぇ、パー子。

 ― パー子なんて、女らしさのカケラもなくて・・・、

 

 何!

 

 その時、目の前に懐かしい4人の姿が現れた。

 マスクにマント・・・、パーマンだ。

 皆、何やら楽しそうに話している。その中には、パーマン1号とパーマン3号・・・パー子もいた。

 パーマン1号が何かを言うと、3号は彼に飛びついてく。

 そして、ケンカを始めた二人を止めようと、2号と4号が間に割って入る。

 何故・・・、何故懐かしい。

 

 スミレ「いやぁぁぁーっ!」

 1号「スミレちゃん、スミレちゃん!・・・パー子!」

 

 ― パー子・・・

 

 スミレ「っ!」

 ふっと、頭痛が治まった。目の前の4人も、消えていた。

 そして・・・。

 スミレ「・・・ミツ夫さん?」

 彼女は振り返り、自分を抱いている男子を見て尋ねた。

 1号「・・・パー子・・・。」

 次々と浮かんでくるパーマン活動の日々・・・。

 心の底からわき上がっている感情。今まで忘れていた、あの愛しい日々の記憶が・・・―

 

 戻ってきた。

 

 スミレ「あたしは・・・、あたしはパー子・・・。」

 自分はパー子。パーマン3号。

 

 ― 君を、パーマン3号に任命しよう。

 

 1号「パー子。わかるの・・・、ぼくがわかるの?」

 スミレ「わかるわ。パーマン1号、須羽ミツ夫さん。ドジで間抜けでおっちょこちょいな、ミツ夫さんでしょ?」

 1号「・・・。」

 すると1号は、スミレの体を強く抱き込んだ。そして、幼い子供のように声を出して泣き喚いた。

 1号「よかった・・・、よかった!パー子・・・、思い出したんだ。ぼくのことも、みんな・・・。パー子ぉ・・・。」

 スミレは驚きながらも、嬉しさと温かさに包まれているようで快かった。

 彼女も、1号の腕の中に体をうずめる。

 1号「・・・あっ、そうだ。これ。」

 彼は片手でポケットの中から、一つのロケットを取りだし、開けて中の写真をスミレに見せた。

 スミレ「これ・・・!」

 ロケットの中に、小学5年生のミツ夫が笑っている。彼女はそれをそっと1号に手から取った。

 1号も自分のロケットをスミレに見せる。

 スミレ「ありがとう、ミツ夫さん・・・!」

 空は二人の再会を喜んでいるように、青く晴れ渡っている。1号とパー子は、太陽の光で明るく照らされていた。

 

4、

 

 洞窟の前に救出されて、スミレを待っていたアリサは、二人の行方を追っていた警察やスタッフによって発見された。

 あの穴は近日、埋める予定だったらしい。「立ち入り禁止」の立て札をしておいたにも拘わらず、進入してしまった二人は

 警察に注意を受けた。そして翌日、洞窟と共に穴はふさがれた。

 スミレも戻り、映画のポスターの撮影を終えた。

 少し落ち着いてから、1号はスミレの家を訪れた。スミレが全てのスケジュールをこなした後なので、もう夜遅い時間だ。

 スミレはコップに飲み物をくみ、1号に差し出した。

 1号「そんなに気を遣わなくてもいいのに。他人じゃないんだから。」

 スミレ「それもそうね。」

 彼女は優しく笑って、ソファに座っている1号の隣に腰を下ろした。

 1号は、コップを手に取る。

 1号「でも、初めは驚いたよ。君がぼくのことを、忘れているなんて。」

 スミレ「それは・・・ごめんなさい。あたし、とても困ったわ。迷いに迷って、やっと決心したことなの。たぶん・・・、あなたは

     許してくれると思ったから。あたしだって、とても辛かったのよ。」

 彼女の目は、とても哀しげだ。1号はうつむく。

 スミレ「でも、哀しんでくれると思った。あたしのために、何かしてくれるんじゃないかと期待してた。あなたを全く覚えてい

      ない、あたしのために・・・。」

 1号「・・・我慢できなかったんだよね。ぼくだって、スミレちゃんが夢を叶えてくれるなら、自分がキミの記憶から消えても

    いい・・・、最初はそう思っていたんだけど。でも、やっぱり・・・。」

 スミレは声を潜めて笑った。

 スミレ「ありがとう、ミツ夫さん。」

 そして、満面の笑顔を彼に送った。1号は急に恥ずかしくなり、咄嗟に話題を変えた。

 1号「え、えっと。そういえば何で、記憶が戻ったんだろう。銃の効き目が切れたの?」

 スミレ「まさか・・・、それはね・・・。」

 彼女は口を開いたが、ハッと首を横に振った。

 スミレ「秘密。」

 1号「えぇー、何だよ秘密って。教えてよ!」

 スミレ「もう、秘密は秘密なの。言えないの。」

 

 ― この銃はキミのパーマンであった部分の記憶を全て消してしまう。残酷なようだが、パーマンの秘密を守るためには

    仕方ないのだ。いくぞ!

 

 ― あ・・・、ちょっと待って下さい。その。お願いが・・・。

 

 ― 何だ、何でも言いなさい。

 

 ― あの・・・、こんなこと本当はいけないんでしょうけど。1号、あたしが記憶を失ったら、きっと哀しんでくれると思うんで

    す。とても、とても。・・・もし、1号をそんなに辛い目に遭わせるのであれば、あたしは夢をあきらめてもいい。

 

 ― ・・・つまり、その時は記憶を戻して欲しいと言うのかね?それは出来んな。規則なんだ。

 

 ― ・・・そう、ですよね。本当はわかってるんです。無茶を言って、すみませんでした。

 

 スミレは、ポケットに手を入れた。その手には、さっきまでは無かったパーマンセットが握られていた。

 赤いマスク、緑のマント、バッチ。まさしく、パーマン3号。パー子のパーマンセットだった。

 スミレ(バードマンは、あたしの記憶を甦らせてくれた。そして、パーマン3号にまで戻してくれた。

     規則で決められているのにも拘わらず。)

 スミレは窓の外を見て、バードマンの姿を思い浮かべた。

 スミレ(ありがとう、バードマン。)

 

 スミレは顔を上げると、パーマンセットを取りだしてパー着した。

 確かに、1号の目の前にいるのはパー子だった。

 3号「あたしは、まだまだパーマンを続けたい。ミツ夫くんが望むなら、命の灯火が消えるまで。ずっとね・・・。」

 1号「本当にいいの?また、体を壊すかもしれないよ?」

 3号「パーマン活動は、何とも代えられない、かけがえのない宝物だったの。やりもしないうちに諦めた、あたしが馬鹿だった。

    芸能活動とパーマン、両立してみせるわ。」

 

 

 彼はモニターのスイッチを切った。そして、目の前に広がる地球を眺める。

 「あたしの出番は終わりだな。これぞ、ハッピーエンドってか。」

 腕を組んで満足していたところに、トランシーバーのスイッチが入り、彼に任務を伝えた。

 男は頭をかくと、円盤の発信レバーを握った。

 「さて、バード星に帰るか。上司にどやされるかなぁ。記憶を戻したりしちゃって・・・。」

 バードマンは、円盤をバード星に向けて操縦した。

 

 

                 

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