LIKE A SHOOTING STAR                    

          ミツオ留学後の世界を描いた、連載ストーリーです。

 

 29、ハートフル・フラワー(後編)

 

1、 

   書庫の扉を開けて、ミツオ、ロン、ルーシャ、マーカスの四人は思わず目を見張った。

   そこには見渡す限りの本の山。

   壁際の本棚にも溢れんばかりに書物が押し込まれているが、それでも入りきらなかったものは   

   床に積まれている。

   ミツオ「この中から、たった一冊を探し出すの・・・?」

   書庫は長い間使われていなかったのか、かなり埃がたまっている。

   あまりに粗雑に積まれている本たちに、ミツオは思わずため息をついた。

   ルーシャ「でも、その本を見つけなくちゃ、ソフィたちは助からないわ。

   さぁ、頑張っていきましょう!」

   マーカス「ホントに大変なことになってたんだねー。」

   後から追ってきたマーカスは、ルーシャたちから現状を聞いた。

   あまりも感染力の強い感染症が広まり、それにソフィ、フェリオ、ラナたちも侵されてしまったこと。

   効果的な治療薬は開発されていないこと。

   医師ハンネスが昔かすかに見た覚えのある、医療書だけが頼りであり、

   それを探し出さなくてはいけないこと。

   これでは、エディを追うところではない。

   ロン「・・・うわっ、凄い埃っ。こんな中から探し出すなんて骨が折れるな・・・。」

   ロンは思わずせき込んだ。

   本をどかす度に、表面にたまっていた埃が舞い上がって充満する。

   ロン「けほっ・・・ゲホッ、ちょっと掃除したほうがいいんじゃないか?」

   ルーシャ「そんな時間ないわよ。早く見つけないと、ソフィたちが・・・。」

   ミツオ、ロン、ルーシャは目を血眼にして、手あたり次第本を漁っていく。

   その様子を見て、マーカスは一人、立ち止まって暗い書庫の中を見渡していた。

   ルーシャ「さぼってないで手伝ってよ、マーカス。何をしてるの?」

   マーカス「この書庫は、随分長い間使われていないみたいだね。この病院にはハンネスって

   人が一人いるだけらしいし。もしかしたら、その人が若い時に入った以来、ずっと開けられも

   しなかったのかも。」

   彼は珍しく真剣な顔つきで、そう言った。

   本を漁っていた三人は思わず手を止めて、マーカスの方を向く。

   マーカス「だとしたら、その人が見た本は、本棚の奥や本の山の下になんかないはずだよ。

   目立つところに床に置いてあるか、几帳面な人だったら、本棚に戻すかもしれないけど・・・。」

   つまり、こんなに大量の本があるのに、手あたり次第に探していては見つからないということだ。

   マーカス「しかも、この空間・・・、なんだか狭い。外から書庫を一望した時に比べ、

   明らかに奥行きがないんだ。」

   ミツオ「ど・・・どういうこと?」

   マーカス「つまり、この本棚の奥に、別の部屋があるんじゃないかってこと。映画なんかでは、

   そういう隠し部屋に、お目当ての本があったりするんだよ。」

   それを聞いて、ミツオは目の前の本棚を見た。壁が見えないほど、隙間なく本棚が並べられている。

   この奥に別の部屋があるということだろうか?

   ルーシャとロンは慌てて立ち上がり、本棚に手をかけた。

   ルーシャ「横にずらすわよ。ロン、そっち持って。」

   二人は力を入れて、ゆっくりと重い本棚をずらした。ミツオとマーカスも手を貸す。

   本棚にたまっていた大量の埃が舞い上がり、辺りが真っ白になった。

   ミツオ「見て!奥に空間が・・・!」

   埃の煙の奥に、かすかに空間が見えた。

   そこは手前に比べて狭かったが、多くの本が置かれていた。

   ロン「こんな部屋があったなんてビックリだな・・・。げほッ、げほッ・・・。」

   ルーシャ「ロン、大丈夫?ハウスダストとかにアレルギーでもあるの?」

   ロン「え?いやぁ、そんなことはないけど・・・。」

   マーカスはその空間へ入っていった。

   そこで真っ先に目についたのは、部屋の中央に一つだけ置かれている古い書物。

   埃を払って表紙をめくると、花畑が描かれた扉絵が、目に飛び込んできた。

   マーカス「あった!これだ!」

   ハンネス「すごいな。本当に見つけたのか。」

   背後で、感心した声がした。ハンネスが書庫の中へ歩みより、マーカスが持っていた本を

   覗き込んだ。

   ハンネス「そうだ、これだよ。この部屋を、当時ここで働いていた医師に教えてもらったんだ。

   すっかり忘れていたけどね。」

   ミツオ「でも、どうして、こんな隠し部屋を作る必要があったんですか?」

   疑問に感じたミツオに、ハンネスは笑って答えた。

   ハンネス「医療の本っていうのはね、ここではとっても貴重なんだ。だから、病院に忍び込んで

   書物を盗み、売り飛ばそうっていう奴がいるんだよ。盗まれないようにするため、特に重要な本は、

   この隠し部屋に隠しておいたんだって。」

   マーカスは本をハンネスに渡した。

   ハンネスはその場でパラパラとページをめくり、そして、パッと顔を輝かせた。

   ハンネス「あった!これだ。」

   どうやら、探していたページが見つかったようだ。

   ミツオやルーシャは一安心した。これで仲間が助かるかもしれない。

   ハンネス「探してくれてありがとう。これから、解読してみるよ。かなり古い文献だから、

   所々傷んでしまっているけどね。」

   ルーシャ「はい、お願いします!」

   これで、効果的な治療法が見つかるといいのだが・・・。

   それからミツオたちは病院の待機室に戻ってきた。

   ルーシャはソフィ、フェリオ、ラナが寝かされている部屋に行き、

   濡らしたタオルを三人の額にあてる。

   皆、辛そうな表情が浮かんでいる。病に悪夢を見せられているのだろうか。

   それぞれ、胸の奥に深刻な悩みを抱えていたのだろうか。

   フェリオ「ファラ・・・。」

   静かにフェリオが呟いた。ルーシャはフェリオの手を強く握りしめる。

   フェリオ「ファラ・・・この星に来てるのかな。大丈夫かな・・・。」

   彼の頭の中は、愛する妹でいっぱいだった。

   フェリオ「ぼくたち、風邪をひくときは、いつも一緒だったんだ・・・。おかしなことだけど、

   ぼくが風邪をひくと、ファラまで体調を崩して。今は大丈夫なのかな。

   ファラも苦しんでいるとしたら・・・ぼくは・・・。」

   ルーシャ「大丈夫・・・大丈夫よっ!」

   彼女は一層強く、手を握った。フェリオの気持ちが痛いほど伝わってきた。

   ルーシャ「ファラはきっと無事よ。あなたが妹に心配をかけちゃ駄目でしょ。

   早くよくならなくちゃ。」

   ー 心配でたまらないのに、あたしには何もできない。どうしたらいいの・・・。

   いや、ダメだ。こんな気持ちになっては。明るく。前向きに。

   感情って、難しい・・・。

   

 2、 

   

   ミツオ「ロン、ロン!?大丈夫?」

   病院の庭先に腰を下ろしてたロンは少々息苦しそうだった。

   しかし、ロンは笑顔で前を向く。その笑顔が、ミツオには無理に作っているように見えた。

   ロン「大丈夫だって!何だろうなぁ~、書庫の埃がいけなかったのかな?

   ハウスダストにアレルギーなんて無いはずだけど。」

   ミツオ「ロン・・・。」

   本当は胸が苦しいんじゃないの?

   ロンは誰より辛い想いを抱えているんじゃないの?

   お兄さんのことが気になっているんじゃ・・・。

   普段、明るいロンからは想像もつかないけど・・・胸の奥深くに暗いものが渦めいていないの?

   それが今にも・・・あふれ出て・・・。

   ロン「ミツオはさ。オレがそんなに弱い奴に見えるか?」

   そういうロンは微笑んでいた。ミツオは首を振る。

   ミツオ「・・・見えないさ。ロンは強いよ。強い想いを胸に秘めて、いつだって頑張ってる。」

   ロン「そういうこと!変な心配しないでくれよ。心配されるなんて、性に合わないし!」

   明るい彼の笑顔を見て、ミツオは少しホッとした。

   ロンは立ち上がる。

   ロン「さーてと。オレたちも、ソフィたちの様子を見に行こうか。」

   ミツオ「そうだね!」

   そうして歩き出そうとした時。急にロンの体がフラッと揺れ、思わず地面に手をついた。

   ミツオは慌てて駆け寄る。

   ミツオ「ロンッ!?」

   ロン「だ、大丈夫だって。ちょっと疲れただけで・・・。」

   彼を支えようと握った手が熱くて、ミツオはギョッとした。

   それでもロンは必死に立ち上がろうとする。

   ミツオ「だ、ダメだ!無理するなよ!休まないと・・・!」

   ロン「いいよ!平気だって!こんな・・・こんな病気なんかに負けてたまるかよ・・・。」

   ー 弱いな、ロンは。

   突然、ロンの脳内にそんな声が響いた。すごく・・・懐かしい声。

   ロン「な、なんだ・・・。」

   頭が痛い。耳鳴りがする。

   ー ふん、清々するね。どうだい、病気の苦しみは?

    これでちょっとは、ぼくの気持ちがわかっただろ。

    幼い頃の君は、そんなぼくを気にかけもしないで、我がままばかり。ぼくを振り回して。

   ロン(お、お兄ちゃん・・・?)

   勿論、これは本当のルイスの気持ちではない。

   病がロンの辛い記憶を抉り出し、悪夢を見せているのだ。

   本当はお兄ちゃんは、オレのことを、こんな風に思っていたんじゃないだろうか。

   今まで考えるのを避けてきた想像が、頭の中を埋め尽くす。

   ー 嫌いだよ。おまえなんて。ぼくが・・・ぼくが死んだのは、おまえのせいだ!!

   ロン「うわああああッッ!」

   ミツオ「ロン、ロン!?しっかりしてっ!」

   ミツオの声が消えていき、意識を失った。

   ルーシャ「どうして・・・、ロンなら大丈夫って思ってたのに。」

   待機室に寝かされたロンの前で、ルーシャ、マーカス、ミツオはふさぎ込む。

   マーカス「いつも明るいロンなのにね。どうしちゃったんだろう。」

   ミツオ「マーカスはともかく、ルーシャはロンのお兄さんのこと知らなかったっけ?」

   ルーシャは不思議そうに首を振る。

   ルーシャ「ロンにお兄さんがいることは聞いたことがあったけど。どうして?」

   ミツオ「こんなこと、ぼくから話していいかわかんないけど・・・。

   実はロンのお兄さんは、ロンが小さい頃に病気で死んじゃったんだよ。」

   それを聞いて、ルーシャとマーカスは驚きを隠せなかった。

   意外な事実にしばらく何も言えなかった。

   ミツオ「それで、ぼくもよく知らないんだけど・・・。ロンは、お兄ちゃんが死んだのは自分の

   せいだって思ってるみたいなんだ。」

   ルーシャ「まさかっ!?ロンはそんな人じゃないわ!思い過ごしよ!」

   ミツオ「ぼくもそう思うよ。でも、ロンはそれだけお兄さんに対して悔やんでも悔やみきれない

   想いを抱えていたんだと思う・・・。」

   思わず沈んだ空間に沈黙が流れた。

   すると、三人に背後からハンネスが声をかけた。

   彼は手に先ほどの書物を持っている。ルーシャたちは立ち上がった。

   ルーシャ「治療法が見つかったんですか!?」

   彼女は思わず声を上げる。しかし、ハンネスの顔はどこか浮かなかった。

   ハンネス「・・・いや、残念だけど。とても、見込みはないんだ。」

   ミツオ「見込みはない・・・?」

   マーカス「つまり、あるにはあったってこと?」

   ハンネスはしばらく黙っていたが、やがて手に持っていた本を広げ、あるページを見せた。

   ページの左側には細かい文字がビッシリ。そして右側には・・・。

   ミツオ「なんだろう?綺麗な花?」

   そこには一輪の花の絵が大きく描かれていた。

   薄紫の大きな花弁、真っ直ぐ伸びた長い茎。この花が、何か関係があるのだろうか。

   ハンネス「随分昔の記録だけど、ここには今回流行している病と非常によく似た症例が

   記されていた。医師たちの間では、センチメンタル・シンドロームと呼ばれていたみたいだ。

   これを治す方法はただ一つ。

   ここに描かれている、癒しの花を患者に与えることだ。」

   そう言って、ハンネスは右ページに描かれていた花の絵を指した。

   ミツオ「癒しの花?」

   ハンネス「名の通り、人の心を癒す効果があるそうだ。この花の香りは、心身をリラックスさせ

   心の闇を軽減させることができる。」

   しかし、絶対的に病気を治す特効薬であるわけではない。ただ人々の気持ちを軽くする手助けを

   するだけだ。だがそれにより、心の闇に打ち勝てた場合は、病から回復することが出来る。

   ルーシャ「早速見つけなくちゃ!それは、どこに咲いているんですか?」

   ハンネス「・・・終末の谷。」

   ミツオたちは首をかしげた。聞いたことのない谷だが、名前からして何かがありそうだ。

   それを証拠に、ハンネスの顔はいつにも増して険しい。

   マーカス「終末の谷・・・?」

   ハンネス「ここから割と近くにあるよ。地面が裂けたように、暗く深く・・・謎に包まれた谷

   なんだ。あまりにも広く、深いから、世界の果てに繋がっているんじゃないかと考える人も

   いる。だから、終末の谷といわれるようになったんだ。」

   ミツオ「なるほど・・・、幻の花が咲くには、打ってつけの場所だね。」

   そこへ行き、花を見つけてこなくてはいけない。

   しかしハンネスは、行こうとするミツオたちを必死に止めた。

   ハンネス「駄目だ!終末の谷は危険なところなんだ!

   入ったら出てこれないかもしれないからね・・・、この村の人だって進んで行く者などいない。

   癒しの花だって、本当に幻かもしれないのに・・・。」

   ルーシャ「ハンネスさん。あなたは、いつも、あたしたちのことを本気で心配してくれている。

   そして、病に負けない強い心を持っている。」

   彼女は心配そうなハンネスに、笑顔を見せる。

   ルーシャ「大丈夫です。実はあたし達、ただ者じゃないんで。絶対に花を手に入れて、

   帰ってきますよ。」

   ミツオ「なんといっても、宇宙を守るヒーローだからね!」

   マーカス「世界の果てに咲く、幻の花!これはスクープだ!」

   ハンネスは先ほどから、ルーシャたちの勇気と心の強さに驚かされてばかりだった。

   仲間の医師たちは、とうの昔に諦めて、逃げるようにして去って行ったのに。

   彼女たちは決して諦めなかった。

   ルーシャ「あたし、一生懸命なハンネスさんの力になりたいの。大丈夫、あたし達を信じて。」

   ハンネス「ルーシャ・・・。」

   彼は不安そうな顔をしていたが、やがてニッコリほほ笑んだ。

   ハンネス「こっちは任せておいて。君たちが戻ってくるまで、仲間はしっかり面倒を看るよ。

   ・・・無茶するなよ。」

   ルーシャ「はいっ!」

   彼女はパッと明るい笑顔を見せると、ミツオとマーカスと共に病院の外へ駆けだした。

   癒しの花の絵が描かれた本を持って。

   ハンネスは三人を見送りながら、そっと呟いた。

   ハンネス「彼女はいい子だな。あんな子が居てくれたら、ぼくも気持ちが楽になるよ・・・。」

 3、

   空は青く青く澄み渡っている。  

   しかし、それとは対照的にミツオたちの目の前には真っ暗闇が広がっていた。

   ハンネスに教えてもらった、終末の谷。

   それは広く、あまりにも深すぎて、谷の底は暗闇だった。太陽の光が届いていないのだろう。

   地面が裂けたような、その異様な谷に、ミツオ、ルーシャ、マーカスは思わず怖気づいた。

   ミツオ「こ、こんなところに本当に花なんて咲いてるの・・・?」

   マーカス「太陽の光が届いてないんだから、常識的には無理だよ。植物ってのは、

   光エネルギーを利用して、酸素や栄養分を作ってるんだから。」

   ルーシャ「ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと行きましょ!」

   ルーシャはポケットからパーマンセットを取り出した。

   パーマンマントで、谷の底まで降りてみるしかない。

   ミツオとマーカスもパー着すると、お互いに手をギュッとつないだ。

   ルーシャ「行くわよ!」

   そして、一気に飛び降りる。暗闇の世界に向かって。

   視界は既に闇に閉ざされ、仲間の顔も、現在地も確認できなかった。

   

   しばらく降りて、やっと地面らしきものに足がついた。

   どうやら谷の底に到着したようだ。360度、見渡せど何も見えない。

   ルーシャ「ちょっと・・・、ミツオくん、マーカス。いるわよね?」

   ミツオ「なんとかね・・・。」

   マーカス「凄く深い谷だなぁ。写真を撮ろうにも、こう暗くちゃ映らないね。」

   ミツオは円盤から持ってきた、小型ライトを取り出した。

   スイッチを入れると、周囲三メートルほどが、パッと明るくなる。

   ようやく仲間の顔が確認できて、三人は少し安心した。

   ルーシャ「さぁ、早く花を探さなくちゃ。」

   三人は何のアテもなく、とりあえず前に向かって歩き始めた。

   沈黙が続くと、なんだか心細くなる。

   大体、こんな暗闇の中で、花なんて本当に咲いているのだろうか?

   様々な不安が思わず心をよぎる。

   マーカス「この谷にはモンスターがいるという噂があるって、ハンネスさんが言ってたよね。」

   彼の言葉に、ミツオとルーシャの肩が震えた。

   マーカス「もし本当にいたら、スクープだ!」

   ミツオ「ひぇ~!恐ろしいモンスターだったら、どうするんだよ!」

   こんな暗い中じゃ、モンスターが現れても気が付かない。

   不意打ちで襲われたら、いくらパーマンでも敵わない。

   ルーシャ「そ、そんなものいるわけないでしょ!男なんだから、怖がってないで花を探してよね!」

   マーカス「あっ!向こうに巨大な三つ目モンスターがっ!」

   ミツオ「うええええッッ!?」

   突然のマーカスの大声に、ミツオは思わず叫び声をあげた。

   と、その時だ。辺りを照らしていたライトが、ふっと光を消した。

   谷はまた黒一色の世界に染まる。

   ルーシャ「な、なに!?どうしたのよ!」

   ミツオ「あっ、ご、ごめん!ライトのスイッチを落としちゃって、壊れたみたい・・・。」

   それを聞いて、ルーシャは思わず声を上げる。

   ルーシャ「な、なんですって!?もうっ、ミツオくんのドジー!」

   ミツオ「そ、それよりモンスターは!?三つ目の!」

   マーカス「冗談だって。それにしてもライトを壊しちゃうなんて、全く困っちゃったね~。」

   こんな非常事態にも、何故だかマーカスの口調は落ち着いていた。

   以前、宇宙の危険地帯と呼ばれた惑星を探検した時は、もう少しビクビクしていたものだが・・・。

   ジャーナリストとして色んな所を駆け回っているうちに、度胸がついたのだろうか。

   どんな所に足を踏み入れたかは、知りたくないものだ。

   ルーシャ「でも本当にこれはマズイわよ・・・。このままじゃ花探しどころじゃ・・・。」

   彼女が途方に暮れたとき。

   突然、光に包まれた。先ほどのライトよりも強い光で照らされ、周囲が目に見える。

   ミツオ「な、なんだろう?この光・・・。」

   黄色を帯びた力強い光。この色、どこかで見たような・・・。

   マーカス「発光バクテリア?わからないけど、これなら先に進めるよ。」

   ルーシャ「た、助かった~。」

   しかし・・・助かってはいなかった。

   ミツオがふと足元を見ると、そこには小さなブヨブヨした塊があった。

   ミツオは思わず声をあげて、後ずさりをする。

   ルーシャとマーカスも、それに気が付いてブヨブヨを覗き込んだ。

   ルーシャ「なぁにコレ?目があるし、生き物かしら?」

   それはゼリー状の体を震わせながら、ジッとこちらを見ていた。

   気が付くと、三人の周りにブヨブヨが二つ、三つ・・・かなりの数がミツオたちを囲みこんでいた。

   マーカス「見たことのない生物!これはスクープだ!」

   ルーシャ「な、なんだか、こんなにいると気味が悪いわね・・・。どっか行ってよぉ!」

   するとブヨブヨは一か所に集まり、体を押し寄せ始めた。

   三人はその様子を黙ってみていたが、やがて重なりあったブヨブヨは、巨大な形を成していった。

   そこに現れたのは、大きな三つ目のスライムだった。

   ミツオ「うわああっ、なんだよコレー!」

   ルーシャ「こ、これがモンスター!?」

   巨大スライムは体をうねらせると、ミツオたちに向かって大きく拳を降り出した。

   彼らは慌ててパーマンセットをパー着し、マントで飛び上がる。

   どうやら、こちらに敵意を持っているようだ。

   ミツオ「こ、こんなもの!パーマンパワーをおみまいしてやる!」

   ミツオは6600倍の力を振り絞り、スライムに拳をたたき下ろした。

   スライムはグチャッと音を立てて分裂し、細かくなったブヨブヨが地面に落ちた。

   ルーシャ「おー!ミツオくん、やるじゃない!」

   マーカス「しっかり写真に収めたよ!」

   しかし、まだ終わっていなかった。

   分裂したスライムが小刻みに震えだしたと思うと、また一つに集まり、巨大スライムが復活した。

   ミツオ「こ、こんなの、らちがあかないよ!」

   マーカス「自在に姿形を変えられるスライムか!こいつに物理攻撃は効かないよ!」

   巨大スライムがまた攻撃をしかけようとした、その時。

   上から強い光の光線がスライムに命中した。スライムは火花を散らし、一瞬で焦げ付いてしまった。

   三人は今起こった事態がすぐにのみこめず、しばらく呆然としていた。

   ルーシャ「な、何が起きたの・・・?」

   ミツオ(この光線、もしかして・・・。)

   ミツオは頭上を見上げた。しかし、谷の底は暗すぎて、全く先が見えない。

   ミツオ(もしかして、レモンくん・・・?)

   それから何時間歩き続けたのだろう。

   暗闇の景色は全く変わらない。自分たちの足音以外、何も聞こえない。

   もしかしたら、世界の果てに着いてしまったのではないか。

   ミツオ「癒しの花なんて・・・本当にあるのかな。」

   彼の弱音に、ルーシャとマーカスも不安を隠せなかった。

   マーカス「あったとしても、こんな暗闇じゃ見つかるものも見つからないよ。」

   ルーシャ「だっ、だめだめ!そんな弱気じゃ!絶対に見つかるって・・・。」

   ミツオとマーカスが突然、足を止めた。

   そして、その場にへなへなと座り込む。長い間歩き続けて、もう足が使い物にならない。

   ミツオ「もう無理だよ・・・疲れたよ。やっぱり、幻の花なんてなかったんだ。」

   マーカス「大発見は、滅多にないからニュースになるんだよ・・・。」

   ルーシャ「ふ、二人とも・・・!」

   負の感情が二人を支配していく。ルーシャは耐えかねずに叫んだ。

   ルーシャ「がんばってよ!あたしたちがやらなきゃ、誰がソフィやラナ、フェリオを救うのよ!

   病気で苦しんでいる人があんなにいるのに・・・あたしたちが諦めたら・・・。」

   彼女も思わず、座り込んだ。

   体力に自慢のあるルーシャも、流石に疲れ切っていた。目に涙がたまる。

   ルーシャ「ハンネスさんが、待っててくれてるのに・・・。このままじゃ、みんなが危ないのに。」

   ミツオとマーカスの表情は、すっかり失望の色に染まっていた。

   体がだるい。力が出ない。

   こんな暗い谷の底で・・・負けてしまうのだろうか。

   ルーシャ(そんなの・・・そんなの絶対にいや・・・。)

   すると、突然ピタッとルーシャの涙が乾いた。何やらいい香りがする。

   心の不安が洗い流されるような・・・、重い気持ちが軽くなっていくような・・・。

   ルーシャは振り向いた。

   すると、奥の方にかすかな光が見える。温かい光だ。

   ルーシャは立ち上がると、その光に向かって駆け出した。

   ルーシャ「・・・これは・・・。」

   そこに広がっていたのは、花畑だった。

   真っ暗な谷の底に、何故かここだけは上空から太陽の光が届いている。

   暖かな光に照らされ、一面に咲き乱れた薄紫の花は、神秘的にそこに存在していた。

   後から駆けつけたミツオとマーカスも、思わず目を見開いた。

   ミツオ「・・・まるで、おとぎ話の世界だ。」

   ルーシャはそこに咲いていた花を一輪摘み取ると、そっと顔に近づけた。

   ルーシャ「いい香り・・・心が洗われるようだわ。」

   マーカス「これが、癒しの花なんだ!」

   マーカスは手に持っていた書物の絵と、そこにあった花を見比べた。全く同じものだ。

   三人の心の闇は、いつの間にか花の香りによって、すっかり晴らされていた。

   ルーシャ「さぁ、早く持って帰りましょう!みんなに、この香りを分けてあげないと!」

   彼らは花を必要な分だけ摘み取ると、パーマンマントによって、一気に上昇した。

   再び静かになった空間に、一人の姿が。

   彼は花畑に足を踏み入れると、そっと花を摘み上げた。

   エディ「これで、ファラも回復するだろう・・・。」

   全く、あんな奴らに協力するなんて、ぼくはどうかしちゃったみたいだ。

   でも、そんな想いも何故かどうでもよくなってしまう。

   花の香りに包まれて、ぼくの心は変に落ち着いていた・・・。

 4、

  

   ミツオ、ルーシャ、マーカスは急いで病院に戻ると、病に苦しんでいる人々に一輪ずつ、

   癒しの花を与えた。

   優しい香りのおかげで、患者の辛そうな顔が和らいでいく。

   ルーシャはロン、ソフィ、ラナ、フェリオの近くにも、そっと癒しの花を置いた。

   ルーシャ「みんな・・・頑張って。もう大丈夫よ。心を強く持って。」

   ハンネス「ルーシャちゃん。」

   声をかけられて、ルーシャは振り向いた。ハンネスがそこに立っていた。

   ハンネス「ありがとう。本当に採ってきてくれるなんて、君たちは大した人だよ。」

   ルーシャ「いえ・・・。あたしも皆を助けたかったので。本当によかった。」

   彼女は微笑んだ。ハンネスも思わず笑顔がこぼれる。

   ルーシャ「でも、あたし達だけのおかげじゃないですよ。今までハンネスさんが一人でも

   頑張ってくれたから、村の人たちもきっと救われるんです。

   ・・・どうしてハンネスさんは、自分だけでもここに残ろうと思ったんですか?」

   窓から夕陽が差し込み、ハンネスを背後から照らした。

   ハンネス「この村は小さくて貧乏でね。普段からここには病気の人で溢れているんだ。

   この病の流行が終わっても、ぼくは一人で手に余るほどの仕事をこなさなくてはならないだろう。

   でも、困っている人を決して見捨てたくはないんだ。」

   その志は自分たちPBと全く同じものだった。

   ルーシャは光に照らされた、そして強い想いを秘めた彼の顔が眩しかった。

   ルーシャ「あたしの友達たちは、きっともう大丈夫です。みんな、強い人たちだから。

   他に、力になれることはありませんか?」

   ハンネス「十分だよ。君には本当に助けてもらった。心から感謝してる。

   ・・・ありがとう。」

   するとハンネスは、今までにないくらい温かい笑顔を見せた。

   ルーシャは思わずドキッとした。

   ハンネスの笑顔は、まるで太陽のように明るく、癒しの花のように優しかった。

   彼女はしばらく、その笑顔に見とれてしまった。

   

   お兄ちゃん、ごめん。

   オレが悪かったんだよ。我がままで、自分勝手で・・・お兄ちゃんを気遣うことが出来なかった。

   嫌われて当然なんだ・・・オレなんて。

   ー そうだね。確かにロンは、ぼくを振り回してばかりだった。

   ズキンッと心が痛む。

   ー でも、だからこそ楽しかったんだ。いつも一緒に、公園で遊んで。

    ロンといるときが、一番生きているって感覚が持てた。

   え・・・?お兄ちゃん?

   ー 入院して一人の時も、いつもロンのことを考えていた。

    いつだって、ロンの幸せを願っていた。

   その声はとっても優しかった。オレが知っているお兄ちゃんの温かさだった。

   心に背負っていたものがスッと軽くなる。

   ー 今もロンのことを見守っているよ。大好きなんだよ、ロン・・・。

   あぁ、そうだったんだ。

   そうなんだって信じていた。ありがとう、お兄ちゃん。

   やっぱりお兄ちゃんは、優しいお兄ちゃんだ。オレだって、いつまでも大好きだよ・・・。

   温かい光がオレを包んだ。

   ミツオ「ロン・・・ロン!」

   ロンはゆっくりと目を開けた。視界に飛び込んできたのは、心配そうに見つめるミツオ。

   ロンはゆっくりと上体を起こした。

   ミツオ「ロン!よくなったんだね、心配したよ。」

   ロン「ミツオ・・・。」

   彼が部屋を見渡すと、フェリオ、ラナ、ソフィも起き上っていた。

   皆、晴れ晴れしい顔をしている。ロンも思わず笑顔になった。体も心も軽かった。

   ロン「みんな・・・!よかった。」

   ルーシャ「全く、世話かけてくれちゃて。あたしとミツオくんとマーカスが、あなたたちを

   助けたんだからねー。」

   彼女が自慢げに言う。

   ラナ「えっ、マーカス?あなた、いつの間に来たの?」

   ミツオ「マーカスって、意外と頭が切れるんだね。来てくれて助かったよ。」

   仕事柄、知識と経験を広めていたようだ。

   書庫の仕組みについてのひらめき、谷底で出会った生物に対する情報など、

   このトラブルメーカーに、今回ばかりは少々助けられたようだ。

   ロン「三人とも、ありがとな。」

   ソフィ「本当に助かりました。」

   フェリオ「ファラが、ぼくのことを大好きだって言ってくれる夢を見たんだ。

   今のぼくは、最高に幸せだよ。」

   ラナ「大好きなエディだもの。絶対に救ってみせるわ!」  

   四人の顔は、今は希望の色で染まっていた。

   ルーシャは一安心をした。

   そして、新たな決意が、胸の中で徐々に形を成してきていた・・・。

   

   エディ「これで、よし・・・。」

   エディは森の中に寝かせておいたファラの周りに、摘んできた花を何輪も並べた。

   ファラの表情も、少し明るくなった気がする。

   ミツオたちが話していたことが本当ならば、これでファラは回復するはずだ。

   エディ「こいつは、ぼくの食事係なんだ。それ以上でも以下でもないさ・・・。」

   彼は花の周りに腰を下ろした。   

   何故だか気持ちが落ち着く。心の中にあった重いものが、少しずつ軽くなっていくような気がする。

   何かが蘇ってくる。古い、古い、遠い昔の記憶。

   曖昧な残像が、次第にハッキリ形を成して、彼の胸に入ってくる。

   ー そうだ・・・思い出した。

   ぼくは遠い昔に生まれた。

   どれくらい前かはわからない。どうやって生まれたのかもわからない。

   気が付いたら、そこに存在していた。

   それから、ぼくは宇宙の様々な星を巡った。

   ぼくは生まれ持った不思議な力で、人々を助け、笑顔にしていたんだ。

   ありがとう、ありがとうと、皆がぼくに笑いかける。

   温かかった。幸せだった。

   すっかり忘れていた・・・。あの星で、あまりにも辛い経験をしてからは。

   

   エディの頬に、一筋の涙が流れた。

   

   

 

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