LIKE A SHOOTING STAR                    

          ミツオ留学後の世界を描いた、連載ストーリーです。

 

 25、まやかしの森(前編)

 

 1、

 

   あたしがエディに初めて会ったのは、バード星に留学した初日。

   エディと同じ班になれたあたしは、ずっと彼と行動を共にしてきた。

   最初はあたしのことなんて、言い寄ってくるその他大勢の女の子と同じくらいにしか思われていな

        かったんだろうな。

   でも、いつかは彼の特別になりたかった。あたし一人だけを見て欲しかった。

   そのために、随分我が儘も言ったと思う。エディを怒らせたこともあった。

   もしかして、もうあたしは嫌われちゃってるのかな?

   今でも、その他大勢の女の子と同じなのかな?

   でも・・・たとえそうだったとしても、あたしはエディを助ける。命にかえても救い出す。

   それが今、唯一あたしがエディにしてあげられることだから・・・。

 

   ソフィ「見えてきました!あの惑星ですね。」

   ソフィの声でラナはハッと外を見た。円盤の窓から見える、小さな惑星。

   再びフェリオの操縦で宇宙空間に出た円盤は、レーダーの反応を追って、この星に到達した。

   ここもまたバード星近くに位置している。

   ロン「今度こそ絶対捕まえてやるぜ!石っころなんかに、バード星や沢山の星の平和を破壊させて

   たまるかよ!」

   フェリオ「着陸するよ!」

   フェリオはレバーを引いた。今度は前回とは違い、順調に着陸態勢に入る。

   厚い雲を突き抜け、円盤は下降していく。

   しばらくすると、円盤の揺れがおさまった。どうやら、無事に着地したようだ。

   ルーシャ「うまい、うまい!フェリオ!」

   彼らは円盤のハッチから外に飛び出した。そして、目の前の光景にただ茫然とした。

   信じられない・・・どういうことだ。

   ルーシャ「こ、これは・・・。」

   ミツオ「どうしたの、ルーシャ?」

   後を追って円盤から出たミツオも、思わず立ちすくんだ。

   目の前には、ちょっとした町があった。カラフルなレンガ造りの壁の家が建ち並び、道もそれなり

   に整備されている。

   雰囲気は中世ヨーロッパに似たようなものを感じた。

   しかし、その町が・・・。

   ロン「もしかして、これはレモンの仕業か?」

   そう。そこは瓦礫の廃墟と化していた。容赦無く破壊された町に、何人かの人が力なく横たわって

   いる。

   ひどい・・・。

   そうとしか形容出来なかった。

   ラナ「これを・・・エディが・・・?」

   ロン「くそっ・・・、あいつら!許せないぜ・・・。」

   ロンが握った拳が震える。来るのが一足遅かったか。

   ソフィ「とにかく、ここの人に話を聞いてみましょう!」

   そう言うと、彼女は近くにいた一人の男性に声をかけた。男性は瓦礫の山の横で、ひっそりと座っ

   ていた。

   彼はソフィたちに気が付いて、ゆっくりと顔を上げた。

   ソフィ「すみません。この町はどうして、こんな状態になってしまったのですか?宜しければ、お

   話しを・・・。」

   「・・・俺もわけがわからねぇんだ。突然、宙に浮いている男女二人が現れたと思ったらさ、あっ

   という間に家が崩れて・・・。なんかこう・・・光線みたいなのがビューッて・・・。」

   間違いない、エディたちだ。

   ソフィはその男性に礼を言うと、レーダーの反応を確認した。

   ソフィ「反応があるので、まだこの近くにいるみたいですね。これを辿っていきましょう。」

   そうして彼らはソフィを先頭に、廃墟の町を走り出した。

   「あっ、お嬢ちゃんたち!そっちの方には大きな屋敷があるが、そこには絶対に入っちゃ

   いけねぇぞ!」

   そう先ほどの男性が声を掛けたが、走り去った六人の耳には届いていなかった。

 

   

   エディ「見ろよファラ。こんな町外れに、こんな立派な屋敷がある。」

   エディとファラは、とある大豪邸の前に来ていた。森に囲まれたその洋館からは、どことなく不思

   議な気配がする。

   エディ「入ってみようか?これだけの屋敷なら、人も大勢いるだろう。」

   ファラ「・・・ねぇ、レモンくん。本当にあんなことして良かったの?・・・町の人が可哀

   想・・・。」

   彼女の不安げな表情にエディは呆れたように言った。

   エディ「仕方がないって言ってるだろ。君は黙ってついて来ればいいんだ。さぁ・・・入るぞ。」

   エディがその屋敷に一歩踏み出した時、背後から気配を感じた。

   ただならぬオーラに一瞬体が震えた。二人はサッと振り返る。

   エディ「なっ・・・なんだ・・・!お前は・・・!」

   そこにいたものは一匹の巨大な生き物だった。まるでモンスターとでも呼べるような。

   ファラ「いやあああああー!」

   その姿をまじまじと確認する間もなく、二人は意識を失った。

 

2、

   ミツオ「ねぇ・・・、町がこんなにされてさ・・・。死んじゃった人とかいないよね・・・?」

   瓦礫の町を進みながら、震えた声でミツオが尋ねる。

   ソフィは前を向いたまま答えた。

   ソフィ「死者はいないでしょう。彼の目的が人の感情エネルギーを集めることなら、死んでしまっ

   ては意味がありませんからね。」

   確かに今まで死者は見かけない。ミツオはホッと息をついた。

   ラナ「でもエディが可哀想よ・・・こんなことさせられて。早く助けないと・・・。」

   ミツオ「エディ・・・。」

   またレモンくんを通じて、話が出来たらいいんだけど・・・。

   しばらくして、六人は町を抜けた。そこには広い広い森があった。

   ロン「あっ、見てみろよ!あれ!」

   ロンが指す方を振り返ると、大きな屋敷があった。

   森の中に、ポツンと存在する大豪邸。しかし、かなり古びてしまっていて、人の気配も感じない。

   ソフィ「ここから石の反応がしますね。もしかしたら、エディさんたちはここにいるのかも。」

   門から家の中を眺めてみると、枯れた花壇に、水はないが噴水のようなものが見える。広い庭だ。

   暗い森の中に存在するこの洋館は、どことなく怪しい雰囲気に満ちていた。

   ソフィ「中に入りましょう。」

   フェリオ「か、勝手に入っていいのかな?」  

   ロン「でも行かなくちゃ、レモンたちのもとへたどり着けないぜ。」

   いつの間にかロンも、石のことをレモンと呼んでいる。

   六人は恐るおそる門に手をかけた。その門は、簡単に開いた。

   ルーシャ「い、行くしかないわね・・・。」

   彼らはその屋敷の庭に入り込んだ。近くで見るほど、その古びた屋敷は不気味だ。

   ミツオ(何だろう・・・何だか意識がぼんやりとする・・・。)

   フェリオも怖ず怖ずと皆の後ろについて、進んでいった。

   

   ― どうして、ここに来てしまったの・・・?

 

   フェリオ「・・・っ!?」

   彼は突然、バッと後ろを振り返った。

   な、何だ・・・。今の声・・・。

   ミツオ「どうしたの、フェリオ?」

   フェリオ「・・・ねぇ。今、後ろから何か声が聞こえなかった?女の子のような・・・。」

   するとミツオたちは不思議そうに首をひねった。

   ミツオ「女の子?別に何も聞こえなかったけど・・・。」

   フェリオ「そ、そっか・・・。空耳だったかもしれない・・・。」

   背後には、暗い森に覆われた屋敷の壁と、茂みしか見えなかった。聞き間違いか・・・。

   ルーシャ「あっ、見て!可愛い生き物がいるわ!」

   急にルーシャが明るい声を出した。見ると、彼らの前に小さな白い生き物がいる。

   ぴょんぴょんと辺りを飛び跳ねるそれは、ミツオは見覚えがあった。

   ミツオ「うさぎ?いや・・・ちょっと違うけど。」

   ルーシャ「うさぎちゃんって言うの?可愛い〜。」

   彼女がそれを抱こうと身を乗り出した、その時。突然空間が歪み、目の前の景色がグンッと大きく

   広がった。

   前方に見えていた屋敷が遠のき、草の壁のようなものが地面から出てきた。

   ロン「な、なんだ・・・!?」

   それがおさまると、皆の周りは厚い草の壁で覆われていた。それは高くて、向こう側が見えない。

   薔薇の花が飾られた壁は、前方に一つだけ通り道がある・・・、それは迷路のようなものを思わせ

   た。

   ミツオ「め、迷路!?一体、どうしてこんなことが・・・!」

   ただ目の前で起こったことが理解し難かった。

   ロン「屋敷にたどり着くには、この迷路を通り抜けなくちゃいけないってことか・・・。一体、誰

   がこんなことを・・・。」

   ルーシャはふと、うさぎの方を見た。

   よく見ると、うさぎの目が赤く光っている・・・。ルーシャの体がぶるっと震えた。

   ソフィ「よくわかりませんが・・・、とにかく先に進みましょう。屋敷まで行けば、何かわかるか

   もしれません。」

   彼女の意見にうなずくと、彼らは暗い迷路の中を進んでいった。

   空はどんよりと曇っていて、雲が不気味に渦を巻いていた。

 

   フェリオ「こっちも行き止まりかぁ。全然、ゴールに着けないじゃないか。」

   どれだけ時間が経っただろう。その広い迷路の中で、六人は迷っていた。

   どこへ行っても行き止まりで、なかなか出口が見付けられない。

   ラナ「なんて広いのかしら・・・。これじゃぁ、夜になっちゃうわよ。」

   ミツオ「あーぁ、空を飛べたら、こんな迷路・・・。ん・・・?そ、そうだ!」

   ミツオは思いついたように声を上げた。

   ミツオ「何も馬鹿正直に迷ってなくても、パーマンマントで飛んでいけばいいじゃないか!」

   ロン「そ、そうか!アハハ、すっかり忘れてたぜ!」

   彼らはポケットに手を入れてパーマンセットを取り出そうとした。

   ソフィ「・・・・!」

   うさぎの目が真っ赤に光っている。その刹那、皆が居た真下の地面に穴が開き、六人はそこから落

   下した。

   ミツオ「ひええええ!何なんだよー!」

   暗い穴の中を滑り落ちるように降下していく。ミツオは思わず目を瞑った。

 

   

   何だか甘い香りがする。

   ミツオはそっと目を開けた。気を失っていたのだ。そして、目の前に見えたものに、思わず歓喜の

   声を上げた。

   ミツオ「す、すごい!これ全部食べていいの!?」

   しばらくして、ロンたちも起き上がった。ぼんやりとした視界は次第にはっきりと形を成し、彼ら

   を驚かせる。

   ロン「な、なんだ、ここ・・・!?」

   そこにあったのは、夢に出てくるような、まさにお菓子の城だった。

   木、草までお菓子で出来ている・・・。流れる川はオレンジジュース、雲は綿菓子だろうか。

   幼い頃から夢に見ていた、お菓子の世界だったのだ。

   ミツオ「す、すごい!食べていいのかな!」

   ミツオは思わず駆け出した。そして、何の躊躇いもなく、クッキーにかぶりつく。

   ソフィ「ミ、ミツオさん・・・っ!」

   ロン「いいなぁ!オレも食べたーい!」

   飛び出しかけたロンの制服を、ソフィは力強く引っ張った。

   ソフィ「待って下さい、ロン!常識的に考えて、こんなお菓子の世界があるわけないでしょ!絶対

   怪しいです・・・。」

   ロン「で、でも・・・。」

   ミツオ「おーい、みんなも早くおいでよ!美味しいよ!」

   お菓子を満足そうにほおばるミツオの声が聞こえた。その姿を見て、彼らは目を丸くした。

   ルーシャ「ミ、ミツオくん・・・。」

   そこにいたミツオは、今までと比べて横幅が広くなっているような・・・顔がふっくらと丸みを帯

   びている。

   短時間でこんなにも肥えるものか・・・。

   ソフィ「ミ、ミツオさん!食べるのをやめて下さい!はやく!」

   ミツオ「な、なんで?こんなに美味しいのに。」

   見ると、ソフィの前にまた、あのうさぎが飛び出してきた。うさぎは彼らの周りをぴょんぴょんと

   跳ねた後、走り出す。

   ルーシャ「ねぇ。あの子、あたしたちに付いてきてって言ってるんじゃないかしら?

   行ってみよう!」

   ソフィ「ま、待って下さいルーシャ!そのうさぎ、怪しいです・・・!」

   ルーシャの後を追って、ソフィたちも走り出す。ロンはミツオを強引に引っ張ると、

   その後に続いた。

   その先には黄色のドアがあり、うさぎは扉を開いて、その中へ入っていった。

  

 3、

   ドアの奥にあったのは、まさに異様な空間だった。

   フェリオ「な、何だ・・・ここは・・・。」

   ラナ「何だかもう・・・、不思議というレベルを通り越してるよね。この屋敷は・・・。」

   そこにあったものは、黒い空間だった。果てしなく、先が見えない。

   そして色とりどりの、様々な形のドアが無数に浮かんでいた。左右にも真上にも・・・、数え切れない

   ほどの何かの入り口。

   彼らは息をのんだ。

   ラナ「ひ、引き返した方がいいんじゃない・・・?」

   ロン「今更どうやって!でも・・・、正直どうしたら良いのかわからないな・・・。」

   ソフィもただ困惑していた。

   こんなこと・・・、現実で起こるわけがない。先ほどのお菓子の世界もそう、まるで夢の中だ。

   一体、この屋敷は何なのだろう。

   ― エディさんの力とも思えませんね。こんな回りくどいこと、する必要がありませんし・・・。

   ソフィ「とにかく、進むしかありません。皆さん、どのドアを選びますか?」

   ルーシャ「そ、そうね・・・。」

   ふいに彼らと、例のうさぎの目があった。うさぎの赤い瞳に吸い込まれるように、ミツオたちはう

   さぎを見つめる。

   意識がぼんやりとしてきた。不思議な感じだ・・・。

   ロン「オレ、この赤いドアにするよ・・・。」

   ロンはうつろな足取りで、近くの赤いドアののぶに手を触れた。

   すると、他の皆もゆっくりと動き出す。

   ルーシャ「あたし、この青のドアにするわ・・・。」

   ラナ「じゃぁ、あたしは白のドアを・・・。」

   ソフィ「ま、待って下さい皆さん!違うドアに入っていっては、バラバラになってしまいますよ!

   皆、一緒に・・・!」

   しかし、彼らはソフィの言うことなど聞こうともせず、それぞれが別のドアに入っていった。

   ソフィ「そ、そんな・・・待ってくださいよ!」

   いつの間にかソフィはその空間に、ただ一人残されてしまった。

   誰もいない。静かな空間にただ一人・・・。どうしたら良いのか、わからなくなった。

   皆の様子も変だった。

   ソフィ「絶対に何かある・・・、この屋敷!」

   

   ― あなたは、行かないの?

    

   急に背後から声がした。女の子の声だ。

   ソフィはハッと振り返った。そこには、一人の少女がソフィの方を向いて立っていた。

   薄紫のパーマがかかった髪に、白い瞳。ワンピースをまとった、その少女は、ソフィたちよりも幼

   く感じた。

   そこには、先ほどまでのうさぎの姿はなく、少女だけが立っていた。

   ソフィ「あ、あなたは・・・?」

   「ねぇ、入らないの?みんなはドアを開けて、それぞれの世界に入っていったよ。」

   その声は、透き通るような可愛らしい声だった。

   姿形も小さな少女のような愛らしいものだったが、彼女が醸し出す不思議な雰囲気を、

   ソフィは恐れた。

   ― さっきまで、こんな子居なかったのに・・・。

   「大丈夫だよ。ここには沢山のドアがあるけど、その数だけ夢の世界があるわけじゃなくて、いく

   つかのドアは同じ世界に通じているから。」

   ソフィ「ゆ、夢の世界・・・?」

   すると少女は微笑んだ。

   「そうだよ。ここは夢の世界。楽しい、楽しい、素晴らしい世界。あなたももう、ここの住人なん

   だよ?さぁ・・・早く行きなよ。」

   するとソフィの体がふわっと浮かび上がった。そのまま、一つのドアに向かって、

   勢いよく後退する。何の抵抗も出来なかった。

   ソフィ「なっ・・・体が勝手に・・・っ。」

   一つのドアがゆっくりと開いた。そこからは、明るい光が漏れている。

   「いってらっしゃい。夢の世界はあなたの思うがまま。とっても楽しい理想の世界。」

   ソフィの体はぐんぐんと少女から遠ざかる。

   ソフィはあっという間に中に押し込められ、閉まるドアの影で、少女の不気味な笑みを見た。

   「まぁ、行ったら最後。現実の世界には、帰ってこられないけどね・・・。」

   

 

   エディ「一体・・・、何なんだよここは!」

   エディは目の前に見える世界に、困惑していた。

   いくつかの絵の具が混ざったような、どんよりとした空間に、色々なものが浮かんでいる。

   それはケーキ、おもちゃ、テレビ・・・ほとんどが娯楽のためのものだ。

   しかし、狭い鉄格子の中に閉じ込められているエディにとって、何の楽しみでもない。

   ファラ「ねぇ、レモンくん。デザート作ったんだけど、食べる?」

   エディ「こんな時に、暢気に食べてる場合じゃないだろ・・・っ。」 

   ぼくはどうなったんだ?確か、洋館の前で・・・。そうだ、モンスターに襲われて。

   あいつはどこへ行ったんだ?ここはあの屋敷の中か・・・?

   エディ「くそっ・・・、こんな鉄格子壊してやりたいよ!」

   しかし、何度試してもエディの力は効かなかった。

   エディ「あの町の住民から、膨大なエネルギーを得たと思ったが・・・。どうなっているんだ。」

   ファラ「・・・・。」

   彼女はうつむいた。

   苦しそうな人々の表情・・・泣き叫ぶ子供達。何もかも、脳裏に焼き付いてしまっている。

   ファラ「レモンくん・・・。一人ぼっちの寂しさを、あんな形でしか晴らせないなんて、やっぱり

   おかしいよ。寂しいなら、あたしもいるし、お兄ちゃん達だって、

   きっと友達になってくれるよ。」

   そんなファラを、エディは冷たい視線で見つめる。

   エディ「そういうことじゃない。君は何もわかっていない。ぼくがこうして感情エネルギーを集め

   ているのは、醜い心を持った人間を、この宇宙から消し去ることさ。友達なんて・・・。」

   ファラ「消し去る・・・?そ、そんなことダメだよ!ねぇ、教えてよ。あなたの心に闇があるな

   ら、あたしが何とかしてあげるから。・・・独りがいいなんて、寂しいことを思わない

   でよ・・・。」

   エディは目を丸くした。ファラの瞳は涙で濡れていたのだ。

   しかしエディはハッと正気に戻ると、こう続けた。

   エディ「ぼくはかつて、その人間に苦しめられたんだ・・・。自分達の利益しか考えない人間は、

   ぼくの意思を否定し、思うがままに操った。だからまた・・・そんな思いをする前に、

   人間を消すしかないんだ。」

   かつてのあの星と同じように・・・。

   ファラ「過去があなたを縛るのね。あなたはずっと、そんな辛い思いを、独りで抱えてきたの

   ね・・・。」

   するとファラはそっとエディの体を抱きしめた。

   エディはビクッと震える。しかし、その優しさは不思議と温かかった。

   ファラ「わたし、あなたに付いていってもいいよ。誰であれ、悲しい想いはしてほしくないの。落

   ち着いたら話してよ、あなたの全てを・・・。」

   ― 何なんだよ・・・こいつ。

   どうして他人のために、ここまで一生懸命になれるんだ。

   こいつに、ぼくの何がわかるというんだ。

   こいつも・・・今までの奴らと同じように、表面上では良い顔をして、

   何かを企んでいるんじゃ・・・。

   ― いや・・・、違うな。こいつは驚くほど純粋なやつだ。

   そして、こいつが持つ温かさ。なんて、懐かしいんだ・・・。

   ぼくは・・・遠い昔の記憶がない。

 

   ぼくはいつどこで生まれたのかわからない。気が付いたら、この宇宙に存在していた。

   始まりはない。・・・終わりもないような気がした。

   だから昔の記憶が、とても曖昧なんだ。気が遠くなるほど、長い間生きてきたから。

   そして、かつてのぼくは、何となくだが今とはかなり違っている気がした。   

   そこは今よりもっと・・・、温かい世界だった気がするんだ。

  

 4、

        ミツオ「すごい・・・!すごい!まるで夢の世界だ!」

   ミツオはあのお菓子の世界に戻ってきていた。あの扉の向こうには、この世界が開けていたのだ。

        彼は欲望のままに、お菓子にかぶりついた。

   それはどれも美味しく、手が止められない。

   しかも不思議なことに、どれだけでもお腹に入っていくのだ。

   ミツオ「これなら、一生食べ続けられるよ!」

   そして彼は気が付かなかった。

   食べるほどに、自分の体が肥えていくことを。ミツオの体は、急速に丸々と太っていった。

 

   ルーシャ「こ、ここは・・・!なんて楽しそうなのかしら!」

   彼女の目の前にあったのは、大きな遊園地だった。

   観覧車、ジェットコースター、メリーゴーランド・・・様々なアトラクション。楽しそうな音楽ま

   で聞こえてくる。

   しかし彼女の他に誰も居ない。

   ルーシャ「まずは何に乗ろうかしら!あの空中ブランコ、とっても面白そうだわ!」

   「おーい、ルーシャー!」

   すると背後から声が聞こえてきた。振り向くと、二つの人影がこちらに走り寄ってくる。

   ルーシャ「ラナ、フェリオ!」

   ラナ「ルーシャも、この世界にいたの?」

   三人以外誰も居ない、人気のない遊園地。しかし、ルーシャとラナの心は躍っていた。

   どんよりと曇った空とは、まるで対照的に。

   ルーシャ「ねぇ、ラナたちはもうアトラクションに乗ったの?

   何から乗ろうか迷っていたのよ〜。」

   ラナ「あたしたちもまだよ。向こうにジェットコースターがあったから、乗りに行かない?」

   すると二人は走り出した。慌ててフェリオも後を追う。

   しかし、フェリオだけは、この世界の異様さを感じていた。

   フェリオ「ち、ちょっと待ってよ!この遊園地、大丈夫かな・・・?何だか、安易に乗らない方が

   いいような・・・。」

   ルーシャ「何言ってるのよ!折角あるんだから、乗らなきゃ損でしょ!」

   ルーシャとラナは、先ほどまでの恐怖はすっかりと忘れているように見えた。

   不気味なほどに・・・。

   フェリオ「で、でも・・・。」

   彼は二人に引っ張られて、ジェットコースターに乗せられた。誰も居ないのに、ジェットコース

   ターはゆっくりと動き出す。フェリオはただ不安だった。

   ジェットコースターは次第にスピードを上げ、急降下する。

   ラナ「楽しい〜!」

   少女二人は両手を挙げて、この不思議な乗り物を楽しんでいるようだ。

   もともと、こういう絶叫アトラクションが苦手なフェリオにとっては、一刻も早くコースターから

        降りたかった。

   そして、一瞬目を疑った。

   猛スピードで走るアトラクション。

   そのレールの下に、一人のワンピースを着た少女が立っていた。

   彼女は不気味な笑みを浮かべて、こちらの様子を眺めている。

   フェリオ(な、何だあの子・・・!もしかして、あの時の声の主じゃ・・・。)

   その子の白い瞳が赤く光った。

   ラナ「あ、あれ・・・!見てよ!」

   急に恐怖に満ちたラナの声が響いた。前方を見ると、走っているレールが、途中で途切れてしまっ

   ている。

   このままでは真っ逆さまに落ちてしまう・・・。

   ルーシャ「いやああああ、助けてぇッ!」

   ジェットコースターはレールを外れ、地面に向かって落下した。



   ソフィ「ここは・・・?」

   目を覚ました時、ソフィは広いお城のホールにいた。

   舞踏会だろうか。大勢の人々がクラシック音楽に合わせて、ダンスを踊っている。

   女性たちは豪華なドレスを着飾っていて、とても華やかな雰囲気だ。

   そして、ふとソフィは自分の姿を見た。

   この状況ならば、ソフィもドレスを身にまとっていても不思議ではないかもしれない。

   しかし、彼女が着ていたのは、どう考えても王子としか思えない衣装だった。

   ソフィ「なっ・・・!何・・・これ!?」

   赤い王族衣装に青いマント。ソフィは驚きを隠せなかった。

   「王子様。王子様の婚約相手を探すパーティーは大変盛り上がっておりますねぇ。」

   すぐ隣に立っていた召使のような男が、そう笑顔で言った。

   ソフィ「こ、婚約相手・・・?」

   見ると、彼女の前に大勢の女性が一列になって並んでいる。

   そのうちの一人が、すっと前に歩み出た。

   彼女はとても美しいドレスを着飾り、可憐な足取りでソフィに近づいてくる。

   ロングの茶髪を揺らし、その女性は顔を上げた。

   「王子様。どうか、わたくしと踊っていただけませんか?」

   その顔を見て、ソフィは凍り付いた。確かに、その人は美しかった。

   しかし、それはソフィがよく見知っていた顔だったのだ。

   ソフィはしばらく唖然として何も言えなかったが、やがて震える声でこう言った。

   ソフィ「・・・一体、何をふざけているんですか。ロン。」

   ロン「王子様?わたくしは・・・。」

   するとソフィはロンの頭を力強くたたいた。無論、グーで。

   ロン「痛ってえええっ!」

   彼はあまりの痛さに頭を抱えてうずくまる。

   ソフィ「全く、目が覚めました?」

   ロン「・・・ソフィ?な、なんで、そんな格好してるんだ?」

   ソフィ「・・・自分の姿もよく見てから、言ってください。」

   そう言われて、自分に視線を移したロンは思わず赤面した。

   自分が着ているのは、青いドレス。そして、髪にはウィッグ・・・。

   ロン「うわあああっ!?な、なんだよぉコレ!いつのまに・・・っ!」

   大慌てするロンを、召使が背後から押した。

   ロンの体がバランスを崩して傾き、ソフィの腕の中に倒れる。

   二人は地面に押し倒された。あまりにも近い互いの顔に、二人の顔がボッと赤くなる。

   「王子様が、この女性と結婚なさるぞー!」  

   そう声を上げた召使に、舞踏会に居た大勢の人々は一斉に歓声を上げた。

   「おめでとうございます!」という祝福の言葉と拍手が、広いホール中に響き渡る。

   ロン「な、なんなんだよ・・・。悪ふざけはよせよ・・・!」

   「ふふふ、楽しんでくれた?」

   二人が振り返ると、そこには小さな少女が笑みを浮かべて立っていた。

   ソフィ「あ、あなたはさっきの・・・!」

   「ちょっと配役は間違えちゃったみたいだけど・・・。でも、王子様、お姫様になった

   気分はどう?夢の世界は、とっても楽しいでしょ・・・?」

   ロン「ふ、ふざけるな!さっさと、ここから出せよ!」

   しかし、少女は薄紫の髪を揺らして、首を振った。

   「そうはいかないよ。あなたたちは、あの人の仲間でしょ?わたしも、自分のお家を 

   壊されるのは困るからね・・・。」

   ソフィ「あ、あの人たち・・・?」

   気が付くと、人々の歓声が静かになっていた。いや、違う。

   「おめでとうございます・・・。」その声が、低く、暗く・・・

   まるで亡霊の呪文のように、恐ろしくこだましていた。

   城がどんよりと暗い雰囲気に包まれる。

   まるで抜け殻のような人々は、ゆっくりと、うつろな足取りで二人に近づいてくる。

   ソフィ「ロ、ロン・・・!」

   彼女は思わず怖くなって、体を震わせた。

   ロン「く、くそ・・・!」

   ロンは、近くに居た兵士から剣を取り上げると、ソフィを背後に守りながら振り回した。

   二人に迫っていた人々は、後ずさりをする。

   ロン「それ以上、近寄るなよ!ソフィに指一本でも触れてみろ!オレが許さないからな!」

   ソフィ「ロン・・・。」

   そんなドレスを着て言わなければ、かっこよかったのに・・・。

   歩み寄る人々に剣を振り下ろすと、まるで煙のようにボワッと消えてしまった。

   次から次へと集まってくる亡霊。

   ロン「くそ!きりがないぜ!」

   それを見ていた薄紫の髪の少女は、顔をゆがませた。

   すると、ソフィとロンが立っていた床に大きく深い穴が開き、

   二人はそこへ吸い込まれていった。



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